|
縄田さん:目標に到達するためには、道があります。道をスムーズにひくためには、地盤をつくらなければいけない。この地盤を作らず、いきなりこの目標に進んでいくことは、まず難しい。
同じように、飯塚がいきなりIT都市になる、ということはありません。まずは道作りをしなくちゃいけない。この道作りの一つが留学生のお世話をすること。また一つが、ハウをそだてること。飯塚新人音楽コンクールもやっています。こういうことが、ある程度集まると博多から人が入ってくると思っています。新しい人が流入すると、ここに新しい企業が生まれる。そうした結果、飯塚の成長につながります。
しかし、障害もあります。ひとつは、町中で鉛が飛んでくるという「青春の門」のイメージ。それから、博多から来るのに、山越えしなくちゃいけないというアクセスの問題。この二つの弱点があります。この弱点をなくすために、いいイメージを与えることによって、一つ一つつぶしていこうとしています。
敷石作戦では、目標は、大きく持ちます。正田くんから教えられたシリコンバレー構想です。そのために留学生のお世話をした。そうすると留学生は飯塚を好きになってくれます。いま、留学生が卒業し飯塚で会社を起こした例が2社、出てきました。それから、上海で会社を興し「筑豊」という社名にした留学生もいます。留学生をかわいがることによって、こういうことが起こり始める。日本人もレベルの高い学生が集まっています。そういう人たちがここに集まってくれると、地域のレベルアップにつながる。そういう風に考えています。留学生の面倒を見ることが回りまわって、地域へ還元されているんです。
―― 正田さんだけでなく、留学生や学生といった、地域にとって異質な存在とも言える人たちを、単によそ者といって片付けるのではなく、完全に仲間というか、親子のように接してかわいがる。そして、彼らの成長を支えてあげることで地域が成長していく。他の地域に参考になるだけでなく、若者にとっては希望のわくお話、本当にありがとうございました。
※ この内容は、2005年9月9日に開催された、チャレンジコミュニティ創成プロジェクト
2005年度第2回ギャザリング(集合研修)の内容をもとに編集したものです。
|