地域に若者のチャレンジの場を作り出す、チャレンジプロデューサーを発掘・育成・支援
チャレンジプロデューサー/ChallengeProducer.net ChallengeProducer.net
特定非営利活動法人ETIC.
メールニュース このプロジェクトについて 運営団体
TOP チャレンジプロデューサーについて 全国のチャレンジプロデューサー 「地域X若者」最前線 イベント&セミナー
トップページ > チャレンジ・プロデューサーの先人(笠間編:笠間工芸の丘 久保忠雄氏)
 
このレポートでは、それぞれのテーマを持ち、地域を変革していった仕掛け人たちに、思いや仕掛けてきたことを聞き、 まとめました。
これから、地域でチャレンジをプロデュースされる方の何かのヒントになればと思います!

茨城県笠間市は、地域が一丸となって陶芸のまちづくりに取り組んでいる。
現在の笠間の様子からは想像がつかないかもしれないが、かつて終戦時、笠間には窯元がわずか7軒しか存在しなかった。笠間焼の歴史は長いが、そのまま放っておいたとしたら、いまでも笠間焼が残っていたかどうか。ところが、笠間にはいま300軒もの窯元が林立し、いまもその数は増え続けている。
こうした成功の背景には、陶芸作家、販売店、県と市、行政、そして窯業指導所が一体となった取り組みがある。特に、陶芸品、体験陶芸など扱う第3セクター「笠間工芸の丘」では、顧客管理、売れ筋品の情報管理など、企業並みの顧客を意識した販売方法を取り入れ「売れる店」づくりを目指したことが成功の秘訣だ。その先導役を担った「笠間工芸の丘」取締役の久保さんに、チャレコミモデルCPとして会津本郷町で陶芸のまちづくりに取り組む株式会社明天の貝沼航が訪ねた。

【お話しを伺った方】
久保忠雄氏(笠間工芸の丘 取締役専務


・笠間工芸の丘

http://www.kasama-crafthills.co.jp/top.html

聞き手=貝沼航(株式会社 明天)
文=吉田早有理・嵯峨生馬(チャレコミ編集部)



      銀行員、ゴルフ場経営から抜擢

――― 「笠間工芸の丘」とは主にどういうことをしている施設ですか?

久保さん:笠間市の支援を受けて設立した第3セクターで、平成10年4月に設立して、すでに8年になります。文字通り、陶芸の振興を図るということが目的で、陶器の販売はもちろんのこと、展示会を行ったり、体験教室を開くなど、さまざまな目的で使えるようになっています。

―――― 久保さんは「笠間工芸の丘」の設立当初から経営に関わっていらっしゃるそうですが、久保さんがこちらの取締役になられたきっかけは何だったのですか?

久保さん: 私は、ここに来る前に茨城の銀行で55歳まで銀行員をし、その後、ゴルフ場の立ち上げに3つほど関わっていました。ゴルフ場の仕事が終わった後は妻と二人でゆっくりと生活を送ろうと思っていたのですが、ある日、高校の後輩でもある現・笠間市長から電話がかかってきて、「笠間工芸の丘」というのを作る、もうすでに、建物自体はできているので、その運営を中心になってやってもらえないか、というんです。
当時私は65歳。もう年も年だしと断っていたのですが、電話の次には市長がわざわざ自宅まで見えられ、再度要請を受けました。その姿を見て妻に「市長さんが家まで来られて、こんなにお願いされるのは名誉なことだから、やってみれば」と言われ、それで決心しました。
やると言ったからには、もう本気でやるつもりですから、私の職業人生の総括として、今までの経験をフルに投入し、背水の陣で行く決意で挑みました。いま私は74歳ですが、取締役として経営全般に関わっていますし、工芸品の販売フロアに立つこともありますよ。

――― いまお話いただいたエピソードは、行政がハコモノをつくって中身が伴わないという、しばしば日本各地で目にするような状況と紙一重のようにも聞こえますね。

久保さん:確かに、現場のノウハウがなければ、そのような事態になるおそれはあったかもしれませんが、おかげさまで笠間工芸の丘に関しては、季節を問わず、市外だけでなく市内からも遠足や観光で人が訪れ、年間の入場者は約25万人程度です。十分稼働してますよ。
 売上も順調で、昨年度は、年間の売上が3億円弱となりました。陶芸によるまちづくりの先進地としていろいろな地域から視察に見えられますし、テレビなどでも紹介されることが多いです。
 こうしたことが直接・間接に影響して、笠間の町で窯元を始める作家の人も毎年のように増えています。陶芸の振興という観点から言えば、地元の窯元が元気になってくれて、しかもその数が年々増えていくというのは理想的です。

 

      「出ごと」を意識的に作り出す

● 地域との共存共栄が成功の鍵

――― その窯元の話ですが、笠間では以前と比べて大幅に窯元の数が増えたと聞いています。

久保さん: はい。これは、茨城県が運営する窯業指導所で、若手の陶芸家を育てようという試みがとられてきたことの影響が大きいと考えられます。終戦直後は、7軒だった窯元が、昭和56(1981)年の時点で100軒に増加し、現在では300軒にまで達しています。また、県が所有する美術館、窯業指導所、そして、笠間市が多くの期待を込め、この笠間工芸の丘が連携することで、展覧会や文化的な面、陶器づくりの実務的な面そして販売や観光などの面が三位一体となって、地域全体で陶芸を振興する体制がつくられているのです。

――― 笠間工芸の丘も行政のイニシアティブで進んだ事業ですが、一般の陶器販売店など民間からの突き上げはなかったですか?

久保さん: もちろんありましたよ。既存の販売店との関係でいえば、販売店の方たちから見れば、笠間工芸の丘は競合店ですからね。陶芸教室にとってもライバルです。官が民を圧迫ということにもなりかねません。

――― そのとき、既存の町の販売店の方との関係づくりはどのようにされたのですか?

久保さん: 販売店へ一軒一軒、工芸の丘の使命のご説明まわりをしましたよ。そのときにこのように申し上げました。
「これまでの客が10人なら、それを100人にしましょう。そして、うちで50人、あなたのところに50人を送ります」というふうに。
普通なら競合となってしまいますからね。でも、笠間工芸の丘が旗艦となることで、もっとたくさんのお客さんが来る。そうして地域全体が潤うというビジョンを、できる限り多くの人と共有するように努めました。

――― 自分の施設で囲い込まず、地域に波及させる。非常にユニークですね。

久保さん: ただ、そうは言っても「笠間工芸の丘」も今でこそ年間約25万人の入場者数がありますが、立ち上げ当初は、本当に大変でしたよ。オープン3ヵ月前というところで私が入ったのですが、建物自体はできていても、中の仕組みが何もないし、従業員も全くいない状態でしたから。
 開設当初は、品揃えも未熟、従業員教育もまだまだ、来場者もちょろちょろとしかやってきません。でも、全然お客さんが入らないときも、地域の人との約束もあるから、たった数人来たお客さんをそのまま約束していた販売店に回したこともあるくらいです。

――― そこまでする理由は?

久保さん: 笠間工芸の丘だけの一人勝ちよりも、私は、地域全体で盛り上げていくことが大切だと思ったのです。だから、販売店の方とも協力関係を築きたかったんです。
 地域の販売店と競合関係を築いてしまうと、いろんなことでデメリットが生まれます。ただでさえ3セクですから民業圧迫と思われかねないので、十分な配慮が必要です。地域からマイナスのイメージを持たれると、何が困るかといえば、すべてが困ります。販売店と喧嘩すれば、その販売店といい関係をつくっている作家さんの作品を置きづらくなるかもしれません。そうした作家の方に陶芸教室に来ていただくことも難しくなるでしょう。結果的に伝統のある、いい作家さんが笠間工芸の丘にご協力いただけないことになってしまうでしょう。そうなれば明らかに笠間工芸の丘にとってマイナスです。

――― 立ち上げ当初の厳しい中で、そうした高い目線を維持するのは大変だったかもしれませんが、それでも地域との協力関係を維持したことが、現在の笠間工芸の丘ひいては笠間全体の反映につながっているのですね。

久保さん: 今だから言えますが、ある時なんか1000万円の支払いがある月に、銀行の預金残高に15万しかなかったことがある。借りるために知り合いのところを走り回りましたよ。なんとかその月は乗り切りましたが。
笠間工芸の丘は3セクですが、私は企業と同じような安定性を確保したいと思ったし、従業員の子たちを路頭に迷わせたくないと思っていました。だからこそ安定した経営が必要で、そのためには地域と共存してやっていくことが大事だと思ったのです。

一方で、笠間にはいま、300軒余の窯元があるといいましたが、そこには500名を超える作家がいます。それだけ数が多いのですが、個性的な方も多くて、若手作家も自分の新しい作風を作れる、そういう地域です。それが笠間の特徴ですが、作家が支えるからこそのもろさ・弱点もあると思います。1人がいなくなれば、その作風がなくなるという危険性を持っているんです。工芸の丘が安定的に運営されることで、笠間焼全体を支える土台のような存在になれたら、地域の皆さんともWin-Winの関係を築けるんじゃないかと思ってきました。

湯布院 仲谷健太郎氏
SOHO@しずおか
小出宗昭氏
3
株式会社いろどり
横石知二氏
福岡県飯塚市
地域づくりの仕掛け人たち
笠間工芸の丘
久保忠雄氏
久保忠雄氏
笠間工芸の丘 取締役専務 
昭和7年、3月生まれ
常陽銀行各地支店長を歴任。同人事部行員研修を担当。その後、ゴルフ場へ出向。 2ゴルフ場の親切、ゴルフ場の総支配人を兼任。平成10年か様工芸の丘を開設。現在に至る。
 
工芸の丘の隣(同じ、笠間芸術の森敷地内)にある茨城県陶芸美術館。周りには、芝生が広がっており、休日ともなると、遠足や観光で訪れた多くの人が、お弁当を食べたり、休憩したりするという。
 
 
 
 
お問い合わせ チャレンジコミュニティー創成プロジェクト/チャレンジプロデューサー/ WEB利用規約
チャレンジコミュニティー創成プロジェクト/チャレンジプロデューサー/ChallengeProducer.net/CP Copyright(C) Challenge Community Project.All Rights Reserved.