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トップページ > チャレンジ・プロデューサーの先人(湯布院:仲谷健太郎氏)
 
このレポートでは、それぞれのテーマを持ち、地域を変革していった仕掛け人たちに、思いや仕掛けてきたことを聞き、 まとめました。
これから、地域でチャレンジをプロデュースされる方の何かのヒントになればと思います!

2004年12月初旬、5地域のモデルCPとともに、大分県の由布院への視察研修を行った。2日間にわたるインテンシブな日程を通じて由布院の「仕掛け人」たちに次々と出会い、現在の由布院を築き上げたエッセンスに触れることができたことは、CPにとって大きな収穫だった。 なかでも、亀の井別荘の中谷健太郎氏へのヒアリングは、その場を共有した多くのメンバーに深いインパクトを与えたことは間違いない。そこで、以下に中谷氏とのヒアリングのようすをお伝えする。


プロフィール
【中谷 健太郎(なかや けんたろう)】 1934(昭和9)年生まれ。1957年、明治大学を卒業、東宝撮影所に入社。稲垣浩、千葉泰樹監督などの下で、助監督を務める。62年、帰郷し旅館亀の井別荘を継ぐ。以降、由布院のまちづくりを、ゆふいん音楽祭、牛喰い絶叫大会、由布院映画祭などの企画や、新郷土料理の開発などさまざまな分野で実行してきた。七〇年代から今日まで、町づくり誌である『花水樹』『風の計画』『風の計画ふくろうが翔ぶ』などの編集人、発行人などを務める。由布院町商工会長、潤いのある町づくり審議会長、由布院温泉観光協会会長などを歴任。       
 
聞き手=山内 幸治(ETIC.)ほか
文=嵯峨 生馬(アースデイマネー・アソシエーション)


      東京でいくら理屈言ってても何も変わらない

-- 中谷さんは27歳のときに湯布院に戻られて、まちづくりに関わっていまの由布院を作り上げてこられたわけですが、当時、中谷さんが東京を離れて地域に入り、まちづくりに腰を据えようと思われた、その動機から、お伺いできればと思います。

【中谷】 そうですね。まずは、当時の社会的な状況からお話しますと、私たちが帰ってくる直前に、60年安保、戦後初めて警察官を導入し日米安保を強行導入した、という出来事が起こりました。国会中をとりまいて、学生たちが反対した。でも、結局は負けて、ちょっと絶望したんです。東京の至るところでデモして反対して、東京中で革命を起こしても日本は決して変わらないということが分かった。その頃中国では毛沢東は「北京を変えても変わらないから、地方に帰ってそこから変えよう」ということをした。思想を田舎に埋め込もうとしたということになるわけですが・・・。

 私らは東京で映画を造っていても、こんなふうに何があっても問答無用と議会が通るようになると、全国のふるさとに帰って地域で納得のいく代議士を挙げてきたりしないと、日本はもうダメだという思いがあった。もう、新聞まで論調が「むちゃくちゃや」という感じだった。27歳の僕らには、帰ってももう一度やり直しがきくということと、田舎に帰って周りから変えていかないと、東京でいくら理屈言ってても何も変わらないと思いました。そうですね・・・、週間平凡で石原裕次郎がこの先10年外国の軍隊の基地を日本中にばらまくことを許すなんてけしからんと言っていたくらい、あの頃の僕らは怒っていた。そんな状態で帰ってきたわけです。

 

      旅行といえばどんちゃん騒ぎが常識だった当時

 由布院の状況で見ると、私が帰ってきたのは昭和37年でしたが、2年後の昭和39年には東京オリンピックの開催、新幹線の開通、九州では長崎までの横断道路(国際観光道路)ができました。当時国際観光道路というと外国人がわぁーっと来るというイメージでした。由布院の人たちも、これはすごいことになるぞ、と思いつつも、英語もできないし、どうなるんだ、と思っていたわけです。そこに2、3人、若い僕らが帰ってきた。あいつらにも何かさせないと、おじさんたちには手におえないなという感じがありました。

 当時、温泉といえば熱海、別府、鬼怒川など。日本は戦後の復興で好景気。旅行といえばどんちゃん騒ぎをするのが当たり前だった。熱海の女将さんに当時のことを聞くと、バスで団体で次々に訪れて、売上金を数える時間もないほどだったなどといいます。旅行エージェントと銀行さんがつるんで、大勢のお客さんが一気に押し寄せるような旅館が、どんどん建っていったんです。

 それに引きかえ、大観光地と違って設備投資もしていない我々のようなところにはぜんぜんお客さんが来ませんでした。お客さんはどんちゃん騒ぎをするのが観光だと思っているから、細道歩いていったら、田んぼがあってカエルがいて、朝霧がすばらしいですと言っても、何を言ってるんだ、何をサービスしてくれるんだと言われました。

 ただ、幸いだったのは、このままじゃ日本中どこ行ってもどんちゃん騒ぎじゃ面白くないな、という、そういう状況が頂上に行きついた頃に僕らが帰ってきたということです。頂上というのはかげりの始まりで、中には静かなところで過ごしたいという声が出てきたわけです。そのうちに世の中の方が変わってきたわけで・・・、僕らは同じことをずっとやってきただけなのですが。

湯布院 仲谷健太郎氏
SOHO@しずおか
小出宗昭氏
3
株式会社いろどり
横石知二氏
福岡県飯塚市
地域づくりの仕掛け人たち
笠間工芸の丘
久保忠雄氏

中谷氏のヒアリングは多くのメンバーに深いインパクトを与えた。
 
 
 
 
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